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ABHINANDA

ABHINANDA
HOMETOWN :
Umea, SWEDEN
MEMBER :
José Saxlund - vocals
Mattias Abrahamson - bass guitar
Pär Hansson - guitar
Adam Nilsson - guitar
Jonas Lyxzén - drums
LINK :
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Wikipedia

BIOGRAPHY

90年代初頭、ABHINANDAはスウェーデンのウメオにて、当時同じ学校に通っていたのと、既にあったロー9カル・パンク・ハードコア・シーンにて顔見知りだった間柄から結成される。
結成当初はメンバーのベッドルームでただただパンクやハードコアのカバーをプレイしていて楽しんでいた。それから1年程経ってから、ローカル・ショウでプレイし始め、同時にデモのレコーディングを行った、それは後の「Darkness Of Ignorance」MCDとしてABHINANDA最初のリリースが決まった。
93年の冬にバンドは初めてのツアーをノルウェーにREFUSEDと共に行き、機材ヴァンと普通車がクラッシュするなど苦労もありながら、ウメオまでの電車での帰り道も楽しめた程そこでのショウは信じがたい程に素晴らしく終わる事が出来たという。

94年初頭に前述の「Darkness Of Ignorance」MCDをリリース。リリース元のレーベルはヴォーカルのJose Saxlundが同時にスタートさせたDESPERATE FIGHT Records。そのMCDは1000枚程売った後にセカンド・プレスをしたくないという理由からメンバー自ら廃盤に。この少し後に新たなメンバーとしてKristofer Steenをギターに加入させる。そこから新しい曲作りに専念する事に。

同年の6月にファースト・アルバム「Senseless」をその後も一緒に仕事をしていく事となる後にREFUSEDとの仕事を筆頭にスウェーデン屈指のエンジニア、プロデューサーになっていくPelle HenrricsonとEskil LovstromのコンビでウメオのTONTEKNIC STUDIOにてレコーディングし、夏の終わりにリリース。このリリースが後にレーベルDESPERATE FIGHT Recordsのトップ・セールスとなり、趣味から仕事的なものへと変わっていった。それからバンド自身のブッキングでのロングドライブ/スモールヴァンでのショート・ツアーをヨーロッパの幾つかの都市で行い、ヨーロッパ・ハードコア・シーンで良い反応と良い人達に出会う。このツアー後にギタリストをREFUSEDとスウィッチする。Kristfer SteenはREFUSEDに、Pär HanssonがABHINADAにそれぞれ入れ変わった。その冬には沢山のショウをスウェーデン国内で行い、またノルウェー/スウェーデンのショート・ツアーをSTRIFEと共に行う。
ABHINANDAと当時のスウェーデン・ハードコア・シーンはストレート・エッジ・カルチャーと切っても切れない程に密接な関係で、この辺りから「スウェーデンのSTRIFE」としてその名を当時のアメリカまで響き渡らせ、STRIFEをリリースしていたVICTORY RecordsがABHINANDAがリリースしていた作品を含むメンバー自身のレーベルDESPERATE FIGHT Recordsをアメリカ流通させるなどして、スウェーデンのハードコア・シーンは一躍脚光を浴びる。その余波はここ日本にも訪れ、SWITCH STYLEをはじめ、メンバーの運営していたファンジン等での紹介で日本のハードコア・シーンにも知れ渡る事に。ABHINANDAをはじめ、個性溢れるDESPERATE FIGHT Recordsのバンド達を含めスウェーデン・ハードコア・シーンに影響を受けた人間は数知れない程に今も存在する。

95年の5月には新たに「Neverending Well Of Bliss」MCDを前述のPelle HenrricsonとEskil Lovstromのコンビでレコーディングし、リリース。REFUSEDから加入してきたギターPär Hanssonの最初のレコーディングでもあり、ドラマーJonas Lyxzénの最後のレコーディングとなった。この時期バンドは転換期を迎える事となり、その後のサウンドもヘヴィーなメタリックな部分よりファストでハードコア的アプローチに移っていく。その年の夏にはスウェーデンで幾つかのフェスティバルでもプレイ。秋には7週間のヨーロッパ・ツアーを108と共に行った。その108とのツアー後にドラマーのJonas Lyxzénはバンドを抜け、新たにSEPARATIONでプレイし始める。Jonas Lyxzénは後にスラッシュ・ハードコアDEMON SYSTEM 13(DS-13)でギタリストとしてプレイする。彼はREFUSEDのヴォーカルDennis Lyxzénの実の弟でもある。バンドは新たにドラマーとしてDaniel Burglundを加入させるが、なかなか上手く行かず、リハーサルに数ヶ月を要し、ようやくレコーディングに移る事が出来た。

2ndアルバム「Selftitled」は96年の夏に今度は違うプロデューサーAndré Jacobsson、Chrille BlomgrenとOla Sonmarkというコンビでレコーディングとミックスを行い、マスタリングはPelle Henricssonが行った。アルバムは秋にリリース。それから長いスウェーデン・ツアーを行い成功させる。クリスマス時期にはドイツ、ベルギー、オーストリアに訪れ、97年の初頭にノルウェーでのツアーを行い、それからギターのAdam Nilsonがバンドから抜けるまで数回のショウをスウェーデンで行った。後任にはドラムのDanielと幼なじみでlo-fiギタリストNiklas Rudolfssonが加入。夏には幾つかのスウェーデンでのフェスティバルに出演、それから4週間のヨーロッパ、イギリス・ツアーを友達のSTARMARKETと共に行った。

しばらくして98年の春に3rdアルバム「Rumble」のレコーディングを今まで何度となく行っているプロデューサーPelle HenrricsonとEskil Lovstromにてレコーディングし、リリース。スウェーディシュ・ガレージ・ロックンロール・バンドに影響を受けたと公言している楽曲とサウンド・トラックかと思わせるアレンジ、キーボードやヴァイオリンを導入したりと、REFUSEDのラスト作でパンク・ハードコアの歴史に於いての傑作アルバム「The Shape Of Punk To Come」同様にもはやハードコア・バンドとは想像も付かない程に音楽性の飛躍を見せつけ「ハードコア・ヴァージョンのTHE HIVES」という表現もされる程バンド史上最もポップでロックンロールな作品を発表するもその後の活動はそれまで音楽性や活動等全て寄り添う様に同じ道を辿っていった同志REFUSEDの解散と同じ様に終息していった。

RELEASE

ABHINANDA / 絆

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